④ざっくり解説
2018.1.15~
軍隊は今、スマホネイティブ大歓迎の時代
(その1)
下校時間帯、電車内では友達同士でネトゲ(ネットワーク型ゲーム)に興じる男子高校生達を多く見かけますが、各国軍ではこれと同様(?)の風景が日常化しようとしています。
対テロ戦闘や市街戦への対応を迫られる各国軍部隊は、戦闘の現場に臨場する前に様々な場面を想定した訓練を行っておく必要があります。
急速に進むIT化の果実を存分に享受してきた若者世代は、軍隊の訓練においても「戦闘シミュレーション」という名の贅沢なネトゲ(?)を満喫することになりそうです。
~ 荒天時の飛行訓練も好きなだけ ~
軍用機のパイロットは戦闘機等に乗り組んでミッチリ訓練を行いますが、実際に飛行機を飛ばすためには莫大な燃料を消費することになります。
F-15戦闘機1機が1時間飛行する際の燃料費は約100万円と言われています。
B-52などの爆撃機やC-5などの大型輸送機、それらに空中給油を行うタンカー(給油機)の消費燃料は更に莫大なものとなります。
そこで各国空軍が取り組んでいるのが地上シミュレーター設備の充実です。
実機で操縦しなければ身に付かない技術がある一方で、地上でしっかりと反復練習しておいた方が良い訓練項目も相当程度あるとされています。
このため、各国にはシミュレーター設備を充実させた訓練センターを立ち上げる計画があり、各企業も様々なハード及びソフトの開発を進めています。
米国とNATO加盟国の間では、F-35戦闘機導入を視野に、共同の訓練施設を設置する構想も浮上しています。
液晶や画像処理の技術が向上していることもあり、シミュレーターに表示される風景もよりリアルになり、荒天時の対処方法等についてもある程度対応可能になると見込まれています。
更に、実際に飛行している航空機と地上シミュレーターをリンクさせて訓練を実施する構想もあり、地上でもこれまで以上に充実した操縦訓練が出来るようになりそうです。
(その2)
~ もう「畳の上の水練」とは言わせない ~
シミュレーターは地上部隊の訓練にも導入されつつあります。
陸軍や海兵隊の隊員が多様な地理的環境(ジャングル、砂漠、市街地
等)に適切に対応するためには、様々な地形や建築物の特徴を正確に読み取りながら自身の現在位置を正確に把握する能力などが求められます。
従来は、キャンプ(駐屯地)の教場で基礎的な座学(地形図の読み方、コンパスの使い方
等)を施した後に、演習場で実際に歩き回りながら技術を学び取らせるようにしていました。
この方式で実地訓練をした場合、演習場まで隊員をトラック等で移動させるための燃料等がかかってしまいます。
更に、訓練内容の習得状況が人によりバラつきがあっても、教官達がそれを把握することは困難です。
しかし、これらの訓練をシミュレーターで実施した場合、各隊員が実際に取り組んだ訓練の状況が教官の電子端末に集約されることから、どの隊員が「苦戦」しているのかが一目瞭然となります。
この場合、スムースに習得出来た隊員を苦戦している隊員のサポートに当たらせるなどして、部隊全体の錬度を効率的にアップさせることも可能になります。
試験的にこの方式を導入したある米軍の部隊では、これまでは実地訓練を複数回実施する必要があった演練項目でも、シミュレーターでみっちり反復練習させた結果、1回の実地訓練で全隊員が目標水準をクリアすることが出来たそうです。
(その3)
~ 何度撃たれてもOK! ~
地上部隊の隊員がその習得に苦労するスキルの一つが市街地での戦闘要領です。
各国は演習場内に市街地を再現して市街戦訓練を実施していますが、多種多様なステージ(建築物等)を設定することは費用面で困難です。
そこで各企業が開発しているのがバーチャルリアリティ技術を駆使した戦闘用シミュレーターです。
特殊なゴーグルのディスプレイには様々な場面が映し出され、ガレキなどの陰に潜んでいる敵兵が攻撃してきたり、トラップ(仕掛け爆弾)が炸裂したりします。
各隊員はセンサーを内蔵した特殊なスーツを着用し、射撃動作など訓練中にとった行動が部隊のサーバーに全て記録されます。
訓練後には、各隊員がとった警戒動作や射撃結果などが精査され、要改善事項について教官等から具体的な指導が行われることになります。
国防予算の削減が続く米国では、米海軍の作戦部長(制服組トップ)も「バーチャルリアリティ技術を活用した訓練については、これまでも航海術や沿岸警備用艦艇の訓練に導入してきたが、今後は海軍の全領域に拡げていくべきである。」とコメントしています。
軍部隊は、最終的には実弾を用いた演習で訓練の総仕上げを行うことになりますが、1発数億円と言われる地対空ミサイルの実射などを頻繁に実施することは財政的にも困難です。
このような問題を解決するためにも、シミュレーター関連設備を充実させて、多くの隊員が反復訓練を行える環境を整える手法が注目されています。
米陸軍でも、業務用のスマートフォンやタブレット端末にIDとパスワードを入力することで訓練用アプリを使うことが出来るネットワーク環境が導入されつつあります。
昨年(2017年)4月にチェコのプラハで開催された「国防関連訓練・教育・シミュレーション フォーラム(ITEC)」でのキーワードは「 realistic and immersive training 」でした。
2017.11.27~
気象情報も戦時は重要な軍事機密
仕事に赴くにしても、行楽等で外出するにしても、天候は私達の生活に様々な影響を及ぼすことから、前日の天気予報チェックを欠かさない(欠かせない)人が多いことと思います。
このように私達に身近な気象情報も、戦時中は交戦国の作戦や運用に深く関わっていたことから、重要な軍事機密として扱われていました。
~ 近代技術の粋を集めても、お天道様にはかなわない ~
少々の荒天でも構わずに行軍・航行しなければならない陸軍や海軍(ただし艦船部隊)とは異なり、航空機の運用を主軸に据える空軍は気象情報をとても気にします。
第2次世界大戦は、その航空機が戦闘において大きな役割を果たすようになった最初の戦争であり、各国とも気象情報の収集に力を注ぎました。
現在の航空機の大半は「全天候昼夜間対応」が当たり前ですが、第2次世界大戦に投入された軍用機には十分な航法支援装置や操縦補助装置等が備わっておらず、気象状況、特に悪天候は作戦行動を大きく制限しました。
荒天時は、爆弾や燃料を満載した作戦機の離着陸が困難となり、事故が発生するリスクがグンと高くなりました。
無事に離陸できても、編隊を組んで飛行するためには雲の上まで高度を上げなければならず、時間も燃料も普段以上に消費することになります。
また、爆撃目標の上空に至るまでは太陽や星座の位置を観測する航法が使えますが、目標地域が悪天候であれば正確な爆撃は困難です。
このため、悪天候が予測される場合は、空軍による爆撃作戦が中止される蓋然性が高くなりました。
~ 「晴耕雨読」ならぬ「晴戦雨検」 ~
1943年以降の欧州戦域では、英国本土の基地を飛び立った米陸軍航空隊や英空軍の重爆撃機部隊がドイツ本土の各地に激しい爆撃を加えていました。
これら連合軍の爆撃機部隊に対して、ドイツ空軍の戦闘機部隊は連日のように迎撃に飛び立っていました。
しかし、ドイツ空軍は東部戦線(対ソ連軍)やイタリア半島戦域(対米英軍)などにも対応しなければならず、本土防空に振り向けられる戦力にも限界がありました。
このため、ドイツ空軍の防空部隊は、昼夜の区別なく飛来する米英軍の爆撃機部隊に対してフル回転で対応していました。
その一方で、ドイツ空軍の防空部隊は、作戦機の稼働率を維持するためには、出撃の合間を縫って機体の点検・整備を行う必要がありました。
戦場において過酷な運用をせざるを得ない戦闘機については、一定の飛行時間ごとに機体を分解して入念なメンテナンスを行う必要がありますが、当該戦闘機はその間、迎撃戦闘に参加することは出来ません。
そこでドイツ空軍の防空司令部は、連合軍の爆撃作戦が中止される可能性が高い日を予測するため、気象情報の収集に力を入れました。
~ 気象情報を制する者は戦争を制する ~
ドイツ軍が確度の高い気象予測をするためには、偏西風の関係から、米大陸や北大西洋上の気象状況を把握する必要がありました。
しかし、戦時下の連合国は気象情報の利用、報道等を厳重に規制していたので、ドイツ軍側が当該地域・海域の気象状況を知ることは出来ませんでした。
このため、ドイツ軍は自前で大西洋上の気象状況を把握するために気象観測船等を派遣する必要がありましたが、同海域の制海権は連合軍側が握っていたことから、それもかないませんでした。
大西洋上で哨戒活動中の潜水艦(Uボート)に気象観測をさせる手もありましたが、米英海軍等による「潜水艦狩り」が強化されつつある状況下では極めて難しいオペレーションでした。
Uボートが大西洋上から気象データを送信すれば、連合軍側の電波発信源探査システムに感知されて、当該潜水艦の所在位置を暴露することになってしまうからです。
そこでドイツ軍は、グリーンランド(デンマーク領)沿岸部に気象観測部隊を潜入させ、気象データを送信させることにしました。
この試みは、最初のうちは順調でしたが、やがて不審な電波の発信に気付いた米英軍が当該電波の発信源を特定し、ドイツ軍の気象観測部隊を急襲しました。
一面の雪原が拡がるグリーンランドでは、ドイツ軍の気象観測隊員は身を潜めることも出来ずに壊滅させられました。
かくして、気象情報獲得を巡る戦いに敗れたドイツ軍は、最後まで米英軍の爆撃作戦計画を予測することが出来ず、苦戦を強いられることになりました。
私たちが毎日当たり前のように利用している天気予報も、戦時においては作戦の成否を左右しかねない極めて重要な情報でした。
2017.10.16~
地球温暖化そこのけ ~ 今、北極圏がアツい
~ 氷河も溶かす各国の熱視線 ~
北極圏といえば、人間を容易には寄せ付けない苛烈な自然環境のイメージが強いかと思います。
その一方で、近年の地球温暖化の影響もあり、北極海での結氷面積は過去最少記録を更新している旨が報じられています。
その北極圏に今、関係各国が熱い視線を注いでいます。
~ 冷戦の最前線 ~
冷戦の時代、ロシアの極北地域は北極海を挟んで米国と対峙する旧ソ連軍の最前線でした。
シベリアの高緯度地域には、米軍の行動を監視するレーダー基地や要撃に飛び立つ戦闘機部隊の基地などが多数配置されていました。
北極海の水面下には核ミサイルを搭載したソ連海軍の原子力潜水艦が潜伏し、それをガードする水上艦隊が砕氷艦を伴いながら遊弋していました。
しかし、冷戦終結とともにそれらの軍事施設は順次閉鎖され、軍港は北極圏航路を往来する船舶の寄港地としての役割を担うようになりました。
~ 「白熊」が戻ってきた? ~
しかし、北極海航路の可能性や同海域の豊富な地下資源が注目されるようになると、北極圏は再び注目されるようになりました。
ロシアは2014年12月に「 Northern Joint Strategic Command 」を発足させ、ロシア軍部隊の再配備を進めています。
ロシア海軍は、北極海沿岸の既存の海軍基地(16箇所)に加えて、新規に10箇所の拠点整備を計画しています。
冬季の活動に不可欠な砕氷艦については、旧ソ連時代に建造されたものが2020年代には退役予定であることから、原子力型4隻、ディーゼル型3隻の新規建造を決めています。
ロシア陸軍は、南極観測支援業務を通じて得られた知見を活かしつつ、3つの駐屯地に第200狙撃兵連隊及び新規の2個機械化狙撃兵連隊を駐留させるとともに、全地形対応型戦闘輸送車両を配備しつつあります(総員約5千名)。
同空軍は、稼働中の6基地に加えて閉鎖中の6基地を再開するとともに、新規の基地建設(含 レーダーサイト)を計画しています。
~ 北欧各国も活発な動き ~
中立政策をとるスウェーデンでは、緊張が続くウクライナ情勢をふまえ、与野党ともに防衛力強化の政策を掲げています。
同国の当該外交・安保に関するスタンスには、ロシア軍がバルト海上空で多数の軍用機を飛行させたり、真偽不詳ながら、スウェーデンの領海内で国籍不明の潜水艇が検知されたりした昨今の情勢も影響しているようです。
更に同国内では、ノルウェーやバルト三国といったNATO加盟国やフィンランドとの連携強化を模索しながら、将来のNATO加盟も視野に入れた外交政策について活発な議論が行われています。
隣国のフィンランドも状況は同様で、ロシアが関係強化に向けた秋波を送る中で、中立政策の枠中で隣国スウェーデンやNATOとの関係強化を検討しています。
NATOの加盟国であるノルウェーは、2017年1月から米海兵隊(300名規模)との合同演習を始めました。
米海兵隊の将兵達は、演習中に寒さで装備品が壊れるなど極寒地の洗礼を受けつつ、貴重な知見を積み上げているようです。
バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)では、国防予算増額に加えて、徴兵制の復活を検討する国も現れるなど、緊張感が高まっています。
2017.9.4~
「ざっくり解説」
イースタン・ファランクス(「東方の盾」)
~ 再び牙を研ぐロシアに備えるNATO加盟国 ~
ベルリンの壁が崩壊し、旧ソ連邦が解体して以降の「ポスト冷戦」を謳歌してきた欧州に、再び冷たい風が吹いています。
2014年にウクライナ紛争が本格化し、ロシアによるクリミア併合等を経て、欧米各国は冷戦が再来したとの認識を強めています。
ロシアの軍事的脅威が高まる中で、欧州各国は再び「戦(いくさ)備え」を迫られています。
冷戦以降の混乱でロシア軍は急速に弱体化しましたが、プーチン大統領の登場により、ゆっくりとではあるものの、その建て直しが進んでいます。
ロシア軍は、湾岸戦争以降、米軍が所謂「ピンポイント爆撃」を展開する様を目の当たりにして、何らかの対抗策を講じる必要に迫られました。
そこでロシア軍が力を入れたのが「ハイブリッドウォーフェア(複合型戦争)」です。
これは、従来の戦術に加えて宣伝戦、心理戦、サイバー戦等を絡める新たな戦法で、その成果をウクライナ紛争で東欧諸国に見せつけました。
ロシア軍は親露勢力を支援するために、ウクライナ政府軍に対して盛んに電子戦を仕掛けてきました。
ウクライナ政府軍は無線通信を妨害されたり、小型無人偵察機の遠隔誘導を妨害されたりして、同国東部での戦闘で苦戦しました。
これらロシア軍による電子戦の実態については、ウクライナ軍への訓練支援に当たっている米軍の担当官達にもシェアされて、米軍関係者は「我々もウクライナ軍から多くのことを教えてもらっている」とコメントしています。
このような情勢の変化を受けて、NATOとしても冷戦終結後から緩みつつあった態勢の引き締めに着手しました。
まず手始めに、派遣までに数週間の準備期間が必要なこれまでの緊急展開部隊に加えて、48時間以内に出動可能な3,000名規模の「合同緊急展開部隊」を新設することにしました。
更に、バルト3国、ポーランド等に合同緊急展開部隊の拠点を新設して部隊の受け入れ態勢を整えると共に、東欧地域での合同演習を活発化させていきました。
欧州、特に東欧の同盟国の真摯な姿勢に米国も応えます。
在欧米軍は、ドイツに駐留する米陸軍部隊を東欧各国に派遣するなどして合同演習の頻度を上げていきました。
派遣された米軍部隊は、合同演習後に戦闘車両を鉄道輸送することなく、敢えて公道を通ってドイツの根拠地を目指しました。
その際、米軍のプレゼンスを示すため、米軍の車列は通過国の国旗と星条旗を掲げて走行し、沿道から手を振る住民と交流を深めました。
バルト海、黒海周辺空域では「合同航空哨戒」が継続されていますが、飛行中のNATO軍機や同艦船に対してロシア軍機が異常接近するケースが増加傾向にあります。
トランプ政権は、ロシアの強硬姿勢を踏まえて「トランスアトランティック同盟(NATO)に新たな時代が到来した」との姿勢を明確にしています。
オバマ前政権は、ロシアを過度に刺激することを避けるため、ウクライナに対する軍事支援は非殺傷型装備(無線機、防弾チョッキ
等)の提供に限定していました。
しかし、トランプ政権は、ウクライナに対して対戦車ミサイル等の供給を検討し始めています。
一方で、加盟国の国防負担(予算)を巡る米国と他の加盟国の軋轢も引続きくすぶっています。
米国による欧州及びカナダへの国防予算増額要請については、オバマ政権の頃から繰り返し発信されてきました。
2014年9月のウエールズでのNATO首脳会合では、ブラッセルでの事前準備会合で米国の副大統領、国防長官、国務長官が口を揃えて「今度の首脳会談には財務大臣も同席させて頂きたい」と各国のカウンターパートに要請しています。
NATO加盟国は現在、国防予算規模を2024年までに「対GDP比2%以上」にまで拡充することで合意しています(新規装備購入予算枠にも目標額を設定)。
2016年時点で同目標を達成しているのは5か国(米国、英国、ポーランド、ギリシャ、エストニア)のみで、トランプ政権はドイツ(1.18%)、イタリア等の「低空飛行組(タダ乗り組?)」に厳しい視線を向けています。
米国内で高まる「国防予算タダ乗り論」を起爆剤とする「アメグジット(Amexit)」を回避するべく、欧州各国は国防予算をハイペースで増額する方針を表明しています。
(了)
2017.8.7~
次期軽攻撃機(OA-X)構想
~ A-10攻撃機の「後継者」は大空に飛び立てるのか ~
米国では2018年度国防予算案の審議が続いていますが、その中で新たな軍用機を導入すべきかについて検討が行われています。
米空軍は現在、イラク、アフガニスタン、シリアでの対IS戦闘等において、近接航空支援(Close Air Support(CAS))を実施中で、地上部隊や無人偵察機等が探し出したISの戦闘員に対して強力な武装で銃爆撃を加えています。
当該支援において、第2次世界大戦で米陸軍航空隊が運用した名機P-47戦闘機サンダーボルトを「襲名」した対地攻撃専門機A-10攻撃機(サンダーボルトⅡ)が大きな役割を果たしています。
A-10攻撃機は、冷戦期にNATO正面、韓国に配備された所謂「タンクキラー」で、重厚な防護力を備えた機体に30ミリ機関砲や対戦車誘導弾等を装備して敵地上部隊の戦車等を破壊する任務を帯びていました。
米軍は中東地域での空爆作戦においては、ターゲットが潜む場所の地形等に合わせてB-1B爆撃機、F-15戦闘機、F-16戦闘機、F/A18戦闘攻撃機、A-10攻撃機等を投入しています。
A-10攻撃機はその長い滞空時間と重武装(30ミリ機関砲 等)を活かして、クウェート、アフガニスタン、イラク等で戦果を上げ続けました。
しかし、世代交代の流れは米空軍にも訪れてきました。
装備の近代化を進める米空軍としては、次世代を担う新鋭であるF-35戦闘攻撃機の導入に必要な予算と人員を確保する必要もあり、A-10攻撃機を順次退役させる方針を固めました。
A-10攻撃機は冷戦時代に旧ソ連軍の戦車隊を攻撃することを主眼に開発された機体ですが、約700機が製造された同機種も機体の老朽化が進み、現在は約170機が稼働している状況です。
A-10の生産ラインは既に停止しており、運用維持費も漸増傾向を示しています。
A-10攻撃機については、地対空ミサイルや機関砲等の防空能力を高めた現在のロシア、中国等の地上部隊に対しては脆弱と見られています。
イラク戦争では、対空兵装が充実したイラク軍大統領親衛隊を空襲しようとして被撃墜が相次ぎました。
更に米空軍内部では、IS、タリバン等に対する近接支援航空作戦でA-10攻撃機を投入するのは「ハンマーでクルミを割るようなもの」であり、コスパの良い運用とは言い難いとの見方も根強くありました。
しかし、連邦議会ではA-10攻撃機を急速に削減する方針に反対する勢力が優勢でした。
元A-10飛行隊長の下院議員を含む反対派は「A-10はまだ活躍出来る」「対ISの戦闘は継続中」として、今後、時間をかけてA-10を順次退役させることを国防権限法に盛り込むことに成功しました。
このため、米空軍はA-10からF-35へ予算、人員をスピーディーにシフトすることが困難となり、工程表の見直しを余儀なくされました。
A-10を巡る「乱気流」を受けて米空軍は、現実的な選択肢として「A-10攻撃機のCAS機能をF-35戦闘攻撃機とOA-Xに引継がせる」方針を立案し、連邦議会との妥協を目指しています。
参入に意欲を示す事業者は現在3社で、Textron社は「Scorpion jet」及び「AT-6
Wolverine」を、Sierra Nevada Corporation社 & Embraer社連合は「A-29 Super Tucano」を、そしてL3社 & Air Tractor社は「AT-802L Longsword」をそれぞれ推しています。
次期戦略爆撃機B-21(ノースロップ・グラマン社が受注)以後、米空軍に関しては暫く大型案件がない中で、OA-Xは次期高等練習機(T-X)選定事業と並んで、米国内外の航空産業界の熱い視線を集めています。
(了)
2017.6.26~
ローテーション派遣
~ 同盟国・友好国への「駐在」から「長期出張」へシフトする米軍 ~
オバマ前米国大統領が「米国はもはや、世界の警察官ではない(America is not a world policeman.)」と宣言し、現トランプ大統領も「米国には、応分の国防予算を負担しない同盟国を防衛する義務はない」と明言しています。
今回は、米国が同盟国・友好国の防衛にコミットする際の具体的な担保となる駐留米軍について観ていきたいと思います。
冷戦期、欧州や朝鮮半島には米陸軍部隊が駐留し、米軍人達は家族を帯同しながら勤務していました。
朝鮮半島においては、朝鮮戦争後は地上部隊を順次縮小しつつも、第2歩兵師団による常駐態勢が長らく維持されてきました。
しかし、冷戦終結や韓国が国力を付けてきた事情などから、2004年から常駐兵力規模を1個戦闘旅団に縮小し、米本土の各師団から9ヶ月間交替でローテーション派遣される体制に移行しました。
欧州においては冷戦期、在欧米軍基地には実動部隊の他、戦車等の重装備が大量に事前配備されていました。
そして、NATO合同演習では米本土から軽装備の米軍将兵が輸送機やチャーター機で渡洋して、事前配備されたそれらの重装備で部隊編成を完結させていました。
米軍将兵達は「米本土で同じ装備を使って訓練しているから、ヨーロッパに来てレンタカーを借りるみたいな感じかな」と言いながら、同盟国軍が待つ演習場に駆け付けていました。
冷戦が終結して20数年が経過した現在、最大26万名規模だった在欧米軍は約3万名にまで縮小しています。
旧ソ連軍の戦車隊を迎え撃つべく西ドイツ(当時)に張り付いていた米陸軍の機甲師団は全て米国本土に引き上げており、戦闘部隊はドイツとイタリアに各1個旅団を残すのみです。
しかし、2014年の「ウクライナ危機」が深刻化すると、ロシアの脅威を受ける東欧諸国への支援がNATOの最重要課題になりました。
米国他の主要同盟国(英、仏、独 等)としてはこの際、東欧地域に相応の規模の地上部隊と航空部隊を進出させたいところでしたが、それには一つ問題がありました。
冷戦終結後にNATOを東方に拡大する際、ロシアとの間で「冷戦終結以降に加盟した国々に(他国の)NATO軍部隊を常駐させない」との合意が交わされていました。
そこで米陸軍は、米国本土に駐屯する部隊をローテーションで欧州地域に派遣することにしました。
欧州に派遣されている間の「定宿(拠点)」は在ドイツ米軍基地、ドイツ連邦軍基地等として、それらの拠点から東欧各地へ展開して各国軍部隊と合同演習を実施することにしました。
米軍将兵は、ローテーション派遣されている間は家族を欧州地域に住まわせることはせず、演習の合間に交替で帰国したり、家族を呼び寄せたりしているようです。
米陸軍はまた、ローテーション派遣される戦闘部隊によりストイックな勤務環境を受容するように指導方針を変更しています。
最近、在欧米陸軍の将軍が「これまで米軍が出向く所には必ず『バーガーキング』の店舗が設置されてきたが、これから東欧地域にローテーション派遣される部隊に関しては、それはない」と訓示しています。
肩を並べて戦うポーランド軍やルーマニア軍の将兵達が質素なCR(コンバットレーション;戦闘糧食)をかじっている横で、米軍将兵だけ美味そうなハンバーガーにかぶり付くのはよろしくない、という判断からと言われています。
2014年以降のロシアの台頭を踏まえて、在欧米陸軍司令官は「在欧米軍の現員である3万名が30万名に見えるような態勢を整えていかなければならない」と発言しています。
米陸軍は最近、米本土からドイツへの旅団規模の機動展開を実施し、ドイツ北部での資機材揚陸から(東欧地域への展開)始動までを2週間以内で完結させました。
当該実施結果を受け、旅団長は「これはチャレンジだ、簡単なことではない」「簡単なことなら、海兵隊の連中にやらせればいい」とご満悦でした。
欧州防衛に関しては、他の軍種も着々と新たな施策を打ち出しています。
米海軍は、冷戦終結後に米国本土に引き上げていた哨戒機部隊をアイスランドに再展開することを決めました。
これは、冷戦終結後に英軍が対潜哨戒機部隊を順次縮小してきたこと、大西洋海域においてロシア海軍の原子力潜水艦の活動が活発化してきたこと等を受けての措置です。
欧州有事において、大西洋は米国本土から欧州に駆け付ける増援部隊を運ぶ重要なシーレーンとなるため、同海域の制海権を確立することはNATOにとって至上命題となります。
米海兵隊は、ノルウェー国内にある物資保管施設を今後も維持する方針を決定しています。
同国内の山腹をくり抜いた巨大な空間にはハンビー等の軍用車両や様々な消耗品等が備蓄されており、湾岸戦争においても当該物資等が作戦展開地域に緊急輸送さました。
また、本年(2017年)1月からは米海兵隊約200名がノルウェー北部で合同演習を実施しており、表面の氷が割れて川に落ちたとの想定で、各隊員が真冬の川に首まで浸かる訓練などにチャレンジしています。
海兵隊はまた、スペインや、ルーマニア等にも活動拠点を確保して、積極的に各国軍との合同演習を実施しています。
それらの拠点にはオスプレイ等が配備され、治安状況に懸念がある北アフリカ地域に所在する在外公館等への緊急展開にも対応可能になっています。
米空軍は、F-22戦闘機部隊や戦略爆撃機部隊(B-52、B-1B、B-2)を欧州での合同演習のために積極的に派遣しています。
また米空軍は、F-35戦闘攻撃機部隊を英国内の空軍基地に配備する計画を公表しています。
(了)
2017.5.29~
大陸間弾道弾(ICBM)部隊
~ 「世界最終戦争」に備えて今日も待機するミサイラー達の横顔 ~
現在、北朝鮮が開発を進めているとされる大陸間弾道弾(ICBM)は、潜水艦発射弾道弾(SLBM)、戦略爆撃機とともに戦略核戦力(所謂「トライアッド」)を構成する装備です。冷戦期は、米国と旧ソ連が競ってその戦力拡充を図りました。
その冷戦期、米空軍内においてICBM部隊は、その重要性故に「エリート部隊」として位置付けられ、空軍将校の出世コースの一つでした。
しかしながら、ソ連が崩壊して冷戦が終結すると、戦略核兵器を用いる大規模戦争が生起する可能性が大幅に低下しました。これに伴って、米空軍内部におけるICBM部隊と戦略爆撃機部隊のプレステージも変化を余儀なくされました。
B-52、B-1B及びB-2を擁する戦略爆撃機部隊については、核爆弾や核ミサイルによる攻撃以外に、通常型の爆弾やミサイルで友軍を空から支援する任務があります。湾岸戦争、アフガニスタン紛争、イラク戦争などでは、戦術航空部隊(F-15、F-16、A-10 等)とともに、戦略爆撃機から大量の精密誘導爆弾等がタリバンやイスラム過激派勢力に対して投下されました。勿論、国際社会の制止を無視する国に対して圧力を加えるため、これ見よがしにデモフライトを行うことも可能です。
一方で、大規模な核戦争が発生する可能性が低下したICBM部隊については、ロシアとの戦略核戦力制限協定締結もあり、その規模が順次縮小されて空軍内での重要度も相対的に低下していきました。
ICBM部隊の米空軍将兵達は、来る日も来る日も、ミサイルやその格納装置(所謂「サイロ」)等の整備・点検と有事を想定した発射訓練を繰り返すことになりました。
ICBM基地に勤務するある若手将校は「月に1度実施される(実戦を想定した)総合訓練では、その緊張感で自分の仕事にやり甲斐を感じるが、それ以外の時間は微妙な感じだ」と、おそらくは「ミサイルの整備・点検と発射訓練だけで終わる」であろう自らの軍務に関して、なんとも言えない感情を吐露しています。
そのような微妙な精神状態に置かれがちな同部隊では、やがて士気の低下に起因すると思料される不祥事が続くようになりました。ICBM部隊を管理する米空軍の高級将校が、出張先(ロシア)のホテルで飲み過ぎて醜態を晒したり、ミサイル配備エリアを警備する下士官兵士達の一部が違法薬物を服用していたりするケースが報道されるようになりました。
部隊の士気の低下はやがて、国防総省と米空軍を揺るがす深刻な事件にまでエスカレートすることになりました。「ICBM部隊カンニング事件」です。
米空軍の監察において、ミサイルの発射ボタンを最終的に押す立場の若手・中堅将校達が、月例スキル点検で不正行為を行っていた事実が判明しました。驚くべき事に、ICBM部隊において、試験実施・監督者である上級将校が受験者である若手空軍将校達に事前に試験内容を教えていたことが明らかになりました。
この他、ミサイル発射訓練の際、ミサイルが格納されている縦穴と管制室を繋ぐ通路のシールドドアが開けっ放しになっていたミスも報告されました。当該ドアが完全に封鎖されていなければ、ミサイルが発射される際にロケットエンジンから放出される熱風が管制官室に吹き込んで大事故になりかねません。
このような不祥事や致命的ミスの発生を受けて、国防総省と米空軍首脳はICBM部隊のモラール(士気)の再建に乗り出しました。
まず、担当司令官ポストを空軍中将から空軍大将に格上げすることで、戦略核抑止力の一角を担うICBM部隊が重要な戦力であることを明確化しました。
次に、ミサイル部隊員の特別手当を増額することで、米国中西部での僻地勤務と不規則なシフト勤務の労苦に報いることを決めました。
更に、正面装備(ステルス戦闘機、精密誘導爆弾
等)の充実強化のしわ寄せで先送りされていた各種装備(警備用多目的ヘリ、同車両、通信装置 等)の近代化にも着手しました。それまでのミサイル発射管制官室には「今時、こんな受話器は街で売っていないよね」というようなレトロなデザインの固定電話機が置かれていました。
上記のような改善策もあり、ICBM部隊で勤務する将兵の士気は次第に高まってきているようです。米空軍の内部アンケートでは、勤務者の多くが「ICBM部隊での勤務の継続を希望する」と回答しています。
米国中西部の荒涼とした大平原の地中に設けられたミサイル基地で、今日も米空軍のミサイラー達は「永遠に発射ボタンを押さなくてもよい日々が続きますように」と祈りながら、正確無比なミサイル発射動作のスキルを磨き続けています。
(了)
2017.5.8~
訓練支援教導団
~ 同盟国・友好国軍部隊への訓練支援を一手に引き受け ~
トランプ政権が国防予算を増額し、米軍の定員増を進める方針を示したことにより、米陸軍は新たに「訓練支援教導団」を立ち上げることにしました。
米軍部隊がイラク、アフガニスタンでのコンバットミッション(直接的戦闘行為)を終了して以降、世界各地に展開する米軍、特に陸軍と海兵隊の任務でウェートが大きくなっているのが「助言」と「訓練支援」です。
前者(助言)は文字通り、同盟国・友好国の軍部隊に対する軍事的アドバイスです。CIAを含む情報機関が偵察衛星、ヒューミント等を駆使して収集・分析した情報(インテリジェンス)を提供することで、友好国軍が有利に戦えるようになることを狙っています。
後者(訓練支援)は、現在進行形で反政府武装勢力等との戦闘を継続している政府軍当局に成り代わって、米軍等の将校・下士官が新兵訓練等を行うことです。イラクやアフガニスタンのように、政府軍が反政府系武装勢力との戦闘に忙殺されている地域では、優秀な将校・下士官を実働部隊から新兵教育部隊に引き抜くのは容易ではありません。そこで米軍は、2001年以降中東地域で実戦経験を踏んだ米軍将校・下士官を訓練担当官としてイラク等に派遣しています。
米軍による訓練支援は、2014年以降政情不安が続くウクライナにおいても実施されています。同国に派遣された米軍将校は「我々(米軍)の持つノウハウを提供する一方で、我々もウクライナ軍から色々と教えてもらった」と発言しています。
親露派武装勢力を支援するロシア軍は、ウクライナ政府軍の交信や小型無人偵察機等を無力化するために強力な電子戦を仕掛けています。ウクライナ政府軍はロシア軍による電波妨害作戦の状況を記録に留め、それらのデータを米軍等に提供しています。「情けは人のためならず」ということでしょうか。
~ IS、コカイン密輸組織の殲滅も重要な目標 ~
更に米軍は、アフリカ各地にも訓練担当官を多数派遣しています。ISの影響を受けたボコ・ハラム等のイスラム過激派勢力の活動が活発化した状況を踏まえて、それらと対峙する各国政府軍・治安警察部隊等を支援するのが目的です。イスラム過激派の浸潤に苦慮するアフリカ各国政府にとっては、無人偵察機による情報収集・提供と併せて、米軍による訓練支援は大変ありがたい施策です。
数年前の最盛期には、米陸軍・海兵隊合わせて米軍人5,000名以上が約30か国の軍、治安部隊への協力に従事していました(現在は約2,800名規模)。
移民が多い米国では、アフリカから移ってきた家族の子弟が米軍に入隊することも多く、彼らも現地で活躍しています。彼らは両親や祖父母からアフリカ各地の言葉を教わり、中には5つの言語をマスターしている将兵もいます。彼らは現地で通訳官の役割を果たしながら、円滑な部隊運用に貢献しています。
米国にとっては「ご近所」にあたる中南米地域においても、米軍は合同演習や訓練指導のために米軍部隊を派遣しています。同地域においては、主に米海兵隊が中心になって各国・地域で合同演習や訓練指導が実施されています。それらの機会を通じて米軍と各国軍・警察部隊の連絡経路が維持、強化されていますが、これによりハリケーン被害が発生した際の米軍による迅速な救援活動が可能になっています。
同地域はまた、米国に密輸される違法薬物(コカイン 等)の密造地、或いは密輸ルートに利用される国々が存在する地域でもあり、米国政府にとっては極めて重要なエリアです。違法薬物から莫大な利益を得ている密売組織の中には、密輸専用の潜水艇を保有しているものもあり、当局の取締を困難にしています。そこで、米国政府は米海空軍の様々な軍用機((対潜)哨戒機、空中指揮管制機 等)を投入して空からの警戒監視を強めています。
~ 専門部隊を設けて効率の良い運用へ ~
一方で、訓練担当官を派遣する米陸軍等にとっては厄介な問題が浮上してきました。訓練担当官は、主に米国本土に駐屯する部隊から派遣されています。例えば、カメルーンに派遣する訓練担当官については「第1連隊から第2中隊長、第4中隊第3小隊長、第1中隊第1小隊先任曹長、第3中隊第4小隊第2分隊長(軍曹)・・・」といった要領で派遣辞令が発令されることになります。
それらの将校、下士官が現地(カメルーン)に派遣されている間、基本的には(派遣される者の)後補充はありません。従って、「第1中隊長の職務は同中隊第1小隊長が兼務」「第4小隊長の職務は同小隊の先任曹長が兼務」・・・という体制でしのぐことになります。戦闘において指揮官が戦死、負傷した場合を想定した訓練には良い機会かもしれませんが、兼務者の負担や部隊としての一体的な訓練への影響等を考えると悩ましい問題です。
そこで、「このままでは各部隊の訓練・運用等に支障があるので、訓練支援専門の旅団を新設しよう」ということになり、米陸軍は新部隊設置に必要な機構改編、定員確保、予算枠等を上申しました。国防予算抑制方針のオバマ政権下では実現が先送りされましたが、IS対策を最優先事項に掲げるトランプ政権の発足により「訓練支援教導団(Security Force Assistance Brigade(SFAB))」創設が実現しました。
SFABの定員は529名で、各部隊から訓練支援の経験が豊富な将校・下士官が選抜されて同部隊の専属スタッフとなります。訓練支援要員は今後、Military Training Adviser Academyでの6週間の事前教育を受講した後に海外に派遣されることになります。米陸軍幹部は「これで各部隊の中核要員である将校・下士官達が本来任務に専念できる環境が整う」(Human Resources Command司令官 Thomas Seamands陸軍少将)とコメントしています。
2017.4.10~
空母打撃群
~ 力の象徴の「難敵」は乗員の長期洋上勤務 ~
朝鮮半島情勢の緊迫化によって米海軍の空母が日本近海に向かって移動し、内外の注目を集めました。
空母と護衛の巡洋艦、駆逐艦(3~4隻)で構成される「空母打撃群」は通常時、担当する広大な海域を哨戒(パトロール)しながら訓練を重ねて有事に備えています。「浮かぶ都市」とも称される空母打撃群は、空母だけでも5,000名前後の乗員が日々の生活を送っており、補給艦から弾薬、燃料、食料、水などの物資を補充しながら24時間体制で洋上勤務を続けています。
空母打撃群は、母港からひとたび出航すると長期間(母港に)戻ることはありません。イラク、シリアでの対IS作戦が長期化するなかで、空母打撃群は最長で9か月近く洋上勤務を継続せざるを得なくなったこともありました。
「お父さん達の単身赴任は当たり前」のような日本人の感覚からすれば、「海外のダム建設現場に派遣されるゼネコンのエンジニアなんか、数年帰国出来ないこともざら」「9か月間なんてまだいい方」なのかもしれません。
しかし、「家族は一緒に生活してこそ家族」という米国では、そうはいきません。米海軍首脳も「これはまずい」ということで「事後は、空母打撃群の最長派遣期間は7か月とする」という方針を打ち出しました。
哨戒任務や作戦行動を実施している空母打撃群を帰港させるためには、次の打撃群を現場海域に派遣しなければなりません。しかし、空母や護衛の艦船もドックで点検・補修を行う必要があり、初任者達を訓練するための艦隊を編成する必要もあります。
そこで米海軍は、「米空母の空白状態」もやむなしとして、東地中海やペルシャ湾で活動していた空母打撃群を方針通り7か月で帰港させました。次の空母打撃群は、計画通りに準備を整えてから中東海域に向けて出航しました。この間、米国はB-2戦略爆撃機による(米本土からの)長距離爆撃を敢行したり、トルコ駐留の米空軍部隊を増強したりして、空母打撃群の空白をカバーしました。
~ 「力の象徴」だけに高価! ~
原子力空母ですが、建造費と維持・運用費が大きい(最新型のジェラルド・R・フォードの建造費は約130億ドル(約1兆3,000億円)ことから、オバマ政権下では空母1隻を削減する手続きが進められていました。
前のニミッツ級の建造費は概ね50~60億ドル(5,000~6,000億円)と公表されていましたが、搭載する最新の戦闘指揮管制システム等が高騰した結果、上記のようなトータルコストにまで膨らみました。
米海軍は、戦闘機等を射出するカタパルトについても、現在の高圧スチーム型から電磁型の導入を目指すなど、新技術にチャレンジしています。また、着艦用装置についても、甲板に降りてきた艦載機をより確実にキャッチすることを可能にする新しい装置を導入しようとしています。
高価な戦力であるだけに、空母打撃群としては守りをしっかり固める必要があります。このため、米海軍は各空母のレーダー及び指揮統制システムを順次最新のタイプに行進する計画を立てました。しかし、オバマ政権下で国防予算が抑制されたことから、当面は新造艦(ジェラルド・R・フォード)限定で警戒・監視・指揮用装備をアップグレードすることにしました。
有事において空母打撃群は最前線でリスクに晒されることから、最新型艦のみならず、既存艦の装備についてもアップグレードする必要があります。ネットワーク化が急速に進む昨今、最新艦と既存艦が連携して戦力発揮するためにも、各艦船の性能にバラツキがあることは望ましくありません。新しいハンドバッグを買うと、着ていく洋服のコーディネートも要再検討、という感じでしょうか。
~ 「長旅」だけに乗員のケアも万全! ~
護衛艦船も含めて約6,000人の海軍将兵が生活する空母打撃群ということで、空母の艦内には様々な施設が完備しています。「米軍が行くところスタバあり」と言われますが、空母の艦内にも同店が出店しています(ただし、「店員」は各チェーンで研修を受けた米軍人)。
軍当局にとっては、平時・有事を問わず危険と隣り合わせの環境で生活することになる将兵達をリフレッシュさせるための施策も重要なマターです。完全休養日には、広大な飛行甲板上でバーベキューなどを楽しむこともあります。
衣食住に加えて、精神面のケアも重要です。戦場で命を的に戦う将兵にとって、宗教が心の支えになる比重は大きく、艦内でも定期的にミサが行われています。このミサを執り行うのが従軍牧師ですが、大学で宗教学を専攻して任官した人の中から選抜されています。
近年は、空母打撃群に女性将兵が配属されることが多くなり、様々な分野で重要な役割を果たしています。過日、対IS空爆作戦に従事していた女性乗員が妊娠していることが分かり、艦内で分娩が行われました。空母には産科の専門医は乗り組んでいなかったものと思われ、在欧米軍基地から産科医が急遽同艦に乗り込んでオペを実施したと推認されます。関係者の尽力もあり、無事に元気な女児が産まれました。米海軍によると、作戦行動中の空母で分娩が行われたのは初めてだそうです。
その後、母子は海軍のヘリでバーレーンの海軍病院に移送されました。同艦が任務を終えて帰還する際は、艦上で生を受けた女児は、母親と共に母港の岸壁で空母打撃群将兵を出迎えることでしょう。
(了)
2017.4.03
パイロットが足りない米空軍 ~ 数年後には「欠員1,000名」!?
世界最強を誇る米空軍が一大事のようです。「Nothing will stop the U. S. Air Force ♪」と高らかに歌うあの米空軍でも、中堅以上の戦闘機パイロットが民間航空会社にジワジワと流出しています。
最近除隊して民間機のパイロットに転じたある中堅の元戦闘機乗りは「米空軍でのこれまでの仕事に誇りを持っているし、出来れば定年退官まで『In Blue(米空軍の軍人)』でいたかったのだが・・・」と呟きます。給与は、飛行手当に加えて管理職手当や戦地危険手当などが付く空軍の方が高いのですが「中東での対IS空爆から帰国して一息つく間もなく、欧州や朝鮮半島などでの合同演習で海外に出かけていくような状態が続いた」「給料は減ったけれど、今の民航パイロットの仕事では3週間くらい先まで予定が分かっており、家族と過ごす時間を大事にすることが出来ている」と、激務から解放された安堵感を素直に語ります。
戦闘機パイロットの場合、戦闘機から大型機に移るために「機種転換訓練」を受けることになります。しかし、いきなり民間機の操縦桿を握ることが出来る大型輸送機や空中給油機のパイロットは(民間航空会社にとっては)「即戦力」であることから、何時でも「ウエルカム」です。このため今後、勤務義務年限が明けるベテラン操縦員の多くが空軍の輸送機部隊から民間航空会社に移籍すると予測されています。
今後の世界では、現在エアラインを運航していない多くの途上国・地域で航空輸送需要が増加することが予測されています。既存のエアラインについても、慢性的な操縦者不足が続く状況であり、近い将来、全世界的に旅客機パイロットが大幅に不足することは避けられないと言われています。
米空軍の幹部は近々、軍のパイロットの民間エアラインへの移籍に関して、民間航空会社の幹部と会合を持つことにしています。