②トピックス 12 米空軍の憂鬱
米空軍の憂鬱 ~ 「乱気流」に挑む世界最大の航空戦力
日米安全保障条約に基づいて我が国にも駐留する米空軍ですが、取り巻く環境の変化に対応するべく、空軍幹部達が知恵を絞る日々が続いています。
赤子の手ばかり捻(ひね)っていて腕力低下?
イラクやアフガニスタンで続けてきたテロとの戦いでは、米空軍は専ら地上の友軍への支援爆撃を実施してきました。タリバンやISといった「超格下」の敵対勢力の場合、米空軍に対して最新鋭戦闘機で挑んでくることは無く、型落ちのロシア製(中国製)地対空ミサイルに(不覚にも)撃墜されないように注意すればよいという、比較的負担の少ないミッションが中心でした。
米本土の基地で訓練する場合も、敵戦闘機との空戦や警戒厳重な敵防空網の突破を想定した訓練を減らし、近接航空支援( CAS; Close Air Support )に十分な時間をかける訓練スケジュールを組む必要がありました。これに加えて、国防予算削減の影響もあって総飛行訓練時間を減らしてきたことから、米空軍内部には「米軍パイロットのスキルを冷戦期の水準に戻すためには、最悪で8~10年かかるのでは」と懸念する幹部もいるようです。
A-10攻撃機を巡る首都「空中戦」
米空軍には敵地上軍(特に機甲部隊の戦車等)を爆弾、ミサイル及び機関砲で攻撃するA-10という近接航空作戦専用機が配備されています。同機は、東西冷戦期に旧ソ連軍の戦車隊を空から攻撃するために開発されましたが、湾岸戦争(1990年)から今日に至るまで、対ゲリラ戦等にも多く投入されてきました。
一方で、ロシア軍や中国軍等の地上部隊が対空戦闘用装備(地対空ミサイル、同機関砲、レーダー 等)を充実させてきたことから、A-10攻撃機が有効な対地攻撃を加え得る環境は徐々に狭まってきました。また、国防予算削減という状況に至り、A-10攻撃機の後継機に予定されているF-35戦闘機に必要な予算、人員(パイロット、整備員等)を確保するためにも、米空軍としてはA-10飛行隊を縮小・廃止する方針を固めました。
しかし、これに対して米国上下両院の議員達は「対テロの戦いが続いているのにCAS専用機であるA-10を廃止するのは理屈に合わない」「F-35の開発は遅れているし、他に適当な攻撃機も無いのに廃止するというのは不適当」と激しく抵抗し、2015年度予算ではA-10部隊の廃止を認めませんでした。米空軍としては、縮小するA-10部隊からパイロットと整備員をF-35戦闘機部隊に異動させ、計画的に所要の訓練を行う算段であったことから、中長期の部隊編成計画の見直しを余儀なくされています。
全面自動化(無人化)は容易ではない? ~ 偵察機を巡る論争
「敵を知り 己を知れば 百戦危うからず」とは古代中国の兵法書「孫子」に記された有名な一節ですが、今日においても十分示唆に富んだ言葉です。米国政府は、冷戦の相手方である旧ソ連等の動向を把握するため、CIAが仕切る形で米空軍に共産圏に対する戦略偵察を実施させていました。当該偵察任務の中核となったのがU-2偵察機(ロッキード社製)です。
U-2は、その高性能を活かして、大胆にも旧ソ連領内を縦横に飛行して同国の主要施設等の写真を撮影し、偵察衛星だけでは得られなかった旧ソ連内部の情報を米国政府にもたらしました。その間、1960年には旧ソ連の地対空ミサイルにU-2が撃墜される事件もありましたが、1962年にはキューバ国内に建設中の旧ソ連の核ミサイル基地を発見(キューバ危機)するなど、歴史に残る事件に関わってきました。U-2偵察機は、高度な防空システムを持たない国・地域に対しては未だに有効な情報収集手段であることから、現在も約50機が稼働しています。
しかし、そのような米空軍の「レジェンド」にも時代の波は押し寄せています。若き「挑戦者」は無人偵察機RQ-4グローバルホークで、米空軍の他にNATO、日本及び豪州(ただし海洋偵察型:MQ-4Cトリトン)等も導入を計画している新進気鋭の無人偵察機です。米空軍は一時期、全てのU-2を当該無人偵察機に置き換える計画を持っていました。具体的には、U-2に搭載されている偵察用資機材をグローバルホークに移し、引き続き戦略偵察任務を実施するという構想でした。
しかし、これについても米国議会から物言いがつきました。即ち、「U-2飛行隊を廃止して節減される経費から(U-2からグローバルホークへの)偵察用資機材の移転費用等を差し引くと、その予算節減効果は1~2割程度にしかならない」という指摘でした。米空軍の幹部も「有人偵察機(U-2)を全て無人機に置き換えるという方針は、国防予算削減という環境下でやむを得ない選択肢であり、あくまでも次善の策と考えている」「グローバルホークは優秀な機材であるが、有人偵察機が果たしている全ての機能をカバーできるわけではない」との見解を表明しています。米議会と米空軍は、当面は有人機と無人機の組み合せによる運用を続ける方向で調整を進めています。米空軍の偵察機部隊は、まさに「いぶし銀のベテランと前途有望なルーキーが火花を散らす」メジャーリーグのダグアウトのようです。
カンニングはダメよ!~ 戦略ミサイル(ICBM)部隊の不祥事
昨年(2014年)1月、米空軍の大陸間弾道ミサイル(ICBM)部隊(モンタナ州)で不祥事が発生しました。毎月実施される技能試験(安全管理、有事対応要領 等)について、担当将校が受験者である空軍将校17名に事前に解答を教えていたことが表面化し、ペンタゴン(米国防総省)が事実関係を確認して軍規違反者の処分を行うことになりました。21世紀に入って以降、米空軍で戦略核兵器を扱う部隊・部門では幾つかの不祥事(上級幹部のギャンブルや飲酒問題、違法薬物摂取疑義 等)が発生しており、今回の事件についても発生原因の根深さを指摘、懸念する声が上がっています。
ICBM部隊は、冷戦期は「潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)」及び「戦略爆撃機部隊(B-52 等)」とともに核抑止力を構成する三本柱( Triads )の一角を担う「エリート部隊」でした。冷戦の最中においては、米空軍の将校達にとって、ICBM部隊に配属されて経験を積むことは将来上級ポストに付くための重要なキャリアと考えられていました。同部隊は、米国中西部の辺鄙な砂漠地帯にあるミサイル基地にあって、核ミサイルを管理するという極めて強度の緊張感を強いられる過酷な勤務環境ながら、「ソ連と対峙する最前線で重要な職責を担う」という使命感に支えられ、優れた即応能力と高い士気を誇っていました。
しかし、冷戦が終結して核戦争が起こる可能性が限りなく低くなってくると、核ミサイル部隊に勤務する将兵達の心理にも微妙な変化が生じてきました。ICBM部隊に所属するある空軍将校は、「ここでは、訓練と資機材の点検といった地道な営みが延々と続くのだが、『自分達がこの核ミサイルの発射ボタンを押すことはまず無い』と分かっていながら黙々と続けるのは、想像以上に切ない」と胸中を語っています。別の空軍将校も「この任務に就いていて一番刺激的なことは、月に数回実施される実戦さながらのミサイル発射の模擬演習だが、終了後に感じる何とも言えない『空白感』に慣れるまで時間がかかった」と、自身の核ミサイル部隊勤務を振り返っています
現在では、ICBM部隊での勤務実績は米空軍将校の勤務評定にあたって有利にカウントされる要素ではなくなっており、空軍当局はICBM部隊勤務者の士気を高める施策を検討しています。具体的には、新たな勤務手当の支給や、飛行隊に比べて老朽化が進んでいる施設や資機材(パトロール用ヘリ、巡回用車両 等)の更新を進めることが発表されています。しかし、国防予算削減方針の影響により、ICBM基地の通信・電算システムについては暫時、旧式の機材を継続使用せざるを得なくなりました。
米空軍がICBM部隊に勤務する若手、中堅の将校に実施したアンケート調査では、大半の将校が「引き続きミサイル部隊での勤務を希望する」と回答しています。地中深くに設置されたミサイル発射管制室で、今日も米空軍のミサイラー達が黙々と勤務しています。
「 Nothing will stop the U. S. Air Force ♪ 」と力強く歌い上げる米空軍も、イラク、アフガニスタン等で続く戦闘及び国防予算削減という逆風に苦戦を強いられています。