②トピックス 13 米国防予算削減の影響
米国防予算削減の影響
連邦予算全体の財政健全化を目指す米国政府は、聖域なき歳出削減を推進するために国防予算にも上限(キャップ)を設定し、国防政策の徹底した見直しを国防総省に指示しています。一方で、上下両院の各議員は、選挙区の国防産業や駐屯地・基地への影響なども考慮する必要があることから、国防総省・軍当局の削減案に「ちょっと待った!」とブレーキをかけています。米国政府と議会が熾烈な綱引きを続ける状況下で、軍部隊の現場で様々な問題が発生しています。
~ 早期退役軍人の処遇問題 ~
米陸軍及び同海兵隊は現在、国防予算削減措置を踏まえて数万名規模の兵員削減を進めています。当該削減分については、新規採用の抑制と自発的除隊者で対応する方針ですが、自発的除隊者が少ない場合は非自発的除隊者を指名せざるをえない事態も想定されます。
現行制度では、勤続20年に満たない除隊者には恩給が支給されないことから、国防総省と米国議会は退役軍人制度改革について検討・審議を続けています。具体的には、新たな制度は「勤続年数に応じた恩給 + 株式運用分」の方式をベースに、既に受給している人達を含めて、全ての退役軍人にとって著しい不利益が生じない施策を模索しています。
退役軍人の処遇が低下することは今後の入隊志願者を減少させる要因にもなりかねないだけに、米軍当局は難しい対応を迫られています。
~ 基地施設の劣化、老朽化が進行 ~
軍の予算は主要装備や安全管理といったプライオリティの高い項目から優先的に充当される傾向が強いことから、兵舎や格納庫といった業務用建造物や福利厚生設備などを新設・補修するための予算の確保が難しくなっています。本来であれば建替えや部品交換等をすべき箇所でも、「もう少しいけるかな」とねばった結果、ある日突然、給水塔の周りに虹が掛かったりすることも珍しくなくなってきているようです。
米国では今、駐屯地や基地の外観が劣化することによって米軍のイメージが低下することが懸念されています。基地内の諸設備が劣化することで、若者が「十分な予算が確保出来ないのかな」「入隊しても、途中でクビにされるかも」と感じ、志願者が減少することも懸念されています。
先の大戦前、ハワイの米太平洋艦隊を偵察した旧日本軍の軍人が、真珠湾に停泊中の米海軍艦船に付着した錆がそのまま放置されている様を観て「米海軍は、規模は大きいかもしれないが、軍人は弛んでいる」と、米軍の精強さを下算したと伝えられています。軍の関係施設の劣化は、下手をすると抑止力の低下にも繋がりかねないだけに、美観も含めたその維持には手が抜けません。
~ 「二足のわらじ」 ~
米軍部隊では、制服組の軍人だけでなく、事務官(所謂「シビリアン」)も勤務しています。このシビリアンについても雇用者数削減が進められており、欠員となった業務を軍人がカバーする事態が発生しています。具体的には、駐屯地や基地のゲートで入構者をチェックする業務や基地内のジムやプールの安全管理員業務などを軍人が交代で実施しています。
在職中のシビリアンについても、給与支給額を抑制せざるを得ない場合は強制的に休暇(無給)を取得させています。これによりチームを組む軍人達の負担が増え、基地・部隊機能の一部がマヒしかねない状況にあるようです。米空軍の高級幹部が国内のある基地を視察に訪れた際、出迎えた基地司令官が、到着直後の立話しで「シビリアンの強制休暇で困っています」と現況を説明し、視察を終えた高級幹部が基地を出発する直前にも「シビリアンの職場復帰措置をよろしくお願いします」と念押していた旨が報じられています。
~ 同盟国のアセットの活用① ~
冷戦終結後、米国は欧州各国に駐留させていた米軍部隊(ピーク時約26万名)を順次米本国へ引き揚げてきました。しかし、このところのロシアやイスラム過激勢力の動向を踏まえて、NATOや友好国との合同演習に参加させるために米軍部隊を欧州へ派遣する機会が増えてきました。そこで米軍が各国に要請しているのが「ホスト・ネイション・ベーシング構想( Host-Nation Basing Concept )」です。これは、同盟国軍の駐屯地や基地の一角に米軍が滞在するための施設を確保してもらい、当該スペースを拠点にして、米本土から派遣される米軍部隊が欧州各地で実施される合同演習に参加するというものです。これにより、毎年5億ドルの経費節減が可能になるとの試算がなされています。
一方で、どうしても新規の設備投資をしなければならない事案も発生しています。これまでアフガニスタンへの人員・物資の空輸拠点となっていたキルギスタンの飛行場が先々使用出来なくなることから、ルーマニアの空港施設内に代替施設(CIQ、旅客・貨物ターミナル等;整備に5千万ドル)を整備する必要が生じました。更に、医療関連施設、ミサイル防衛関連施設、情報関連施設(移転;2か所)、演習場拡充事業などの新規事業も控えています。
米国としては、米陸軍の重装備(戦車等)を東欧各国にストックしておいて、米本土からローテーションで派遣される部隊が順次それら重装備を合同演習で使用する方式を検討しています。当該方式については冷戦期から実施されており、現在もノルウェー国内の洞窟内などには米海兵隊用の重装備が備蓄されています。戦車等の重装備を米本土から都度輸送するより運送コストを大幅に削減出来ることから、米国としてはNATOの同盟国との調整を急ぐ方針です。
~ 同盟国のアセットの活用② ~
NATOの重点事項の一つに「欧州及びアフリカ地域で発生する不測の事態に対して迅速な対応が可能な態勢を整える」が挙げられています。先のエボラ出血熱への対応でも示された通り、良からぬ事態は火種が小さいうちに封じ込めることが肝心であることから、「何か起こった時には、出来るだけ短時間で実力組織(軍、警察等)が駆け付けられるようにしよう」という考え方です。
そこで米国等が進めようとしているのが「シーベーシング( Sea-Basing )」というコンセプトです。これは、海兵隊が使用する装備(戦車、野砲、ミサイル 等)や消耗品類(弾薬、燃料 等)を海軍の艦船に搭載して欧州やアフリカの周辺海域を航行させておき、有事の際は陸上の駐屯地等にいる隊員を輸送機やオスプレイで艦船まで空輸して現場に駆け付けるというオペレーションです。
しかし、大西洋から地中海、更にはインド洋までをカバーするだけの待機用艦船を運航しようとした場合、米海軍の艦船だけではとても足りません。そこで米海軍は、欧州各国の海軍に交代で水陸両用作戦用艦船を提供してもらうことで何とか当該ローテーションを回していきたいと考えています。その第1弾として、米海兵隊員がオランダ海軍の輸送艦に体験的に乗艦させてもらったところ「米海軍の同種艦船よりスペースがゆったりしており、娯楽室等の福利厚生設備も充実していて快適だ」と好評だったとのことです。やはり、持つべきものは友のようです。
米国の国防予算削減のトレンドが、米国とその同盟国に抑止力低下の不安を抱かせていることは事実です。その一方で、削減された分をカバーするべく様々な工夫や新たな取組みにチャレンジすることで、無駄や非効率に気が付き、更には画期的なコンセプトも生まれています。軍事力は精強さが第一ですが、予算削減という試練が米軍を更に筋肉質な戦闘組織に変貌させるのか、今後とも注目されます。