②トピックス 06 最悪のタイミングでの要衝陥落
2015年5月
最悪のタイミングでの要衝陥落 ~ ラマディ(イラク)
カーター米国防長官は24日、イラクの要衝ラマディが陥落したことを受けて「米国は、ISに対して連日激しい空爆を実施するとともに、イラク軍に武器を供与し、戦闘訓練の支援も行っている。しかし、イラク軍将兵に『戦う意志』を与えることは出来ない。」と、イラク軍の戦闘意欲の欠如を非難するコメントを出しました。これに対してイラクの首相は「米国防長官は誤った情報を受け取っているのではないか。我々は数日中にラマディを奪還するつもりである。」と困惑しています。翌25日には、米国のバイデン副大統領がカーター長官の発言を撤回する趣旨の声明を発表して、両国間の不協和音を打ち消そうとしました。
カーター国防長官の発言の背景には、思うようにIS勢力を抑え込めないことへの米国政府の焦りがあることは容易に想像出来ますが、他にも様々な要因があるように思われます。
「メモリアルデー」
5月の最終月曜日は、米国では「メモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)」として休日となり、オバマ大統領をはじめとする米国政府高官がアーリントン墓地等に赴いて戦没者を追悼する行事を行います。全米各地でも、戦没者の墓石の前に星条旗を飾ったり、存命中の復員兵(所謂「ベテラン」)とその家族を招いて記念式典を開催したり、更には国旗をはためかせたハーレーダビッドソンの集団が各地でツーリングを行うなどして、復員兵や戦没者遺族に敬意と感謝を表しています。メモリアルデーは、これまでの幾多の戦争で落命した多くの将兵に思いを致し、戦死者の遺族を社会全体で包んでいきましょうという、米国民にとって特別な日です。
イラク戦争(2003年1月~)では、米軍は2006年中ごろにラマディを攻略しましたが、その際に74名の米軍将兵(陸軍、海軍及び海兵隊)が戦死しています。ラマディがISの手に落ちた日、米国の軍事専門サイトにはそれら戦死者全員分のプロフィール(顔写真、氏名、年齢、出身地、所属部隊、死因)が掲載され、「イラクに自由をもたらすために命を落とした米軍将兵の遺族に対して『ご子息の戦死は結局、無駄でした』と言えるのか」とのコメントが付されていました。ラマディの陥落は、ある意味で最悪のタイミングで発生したといえるのかもしれません。
予算審議の山場
米国議会では2016年度予算審議が佳境に入りつつあり、国防予算に関してもホワイトハウス、ペンタゴン(国防総省)と議会が激しい綱引きの真っ最中です。財政状態が厳しい米国では、国防予算にも上限(所謂「キャップ」)を設ける方針が示されていますが、その枠の中でIS等テロ勢力の伸長、ウクライナ情勢及び中国の台頭という状況にどのように立ち向かうべきかについて熱い論戦が続いています。
イラクを支援するための予算(装備品供与、訓練支援 等)についても、米軍用の本予算( Base Budget )とは別建てで組まれるOCO( Overseas Contingency Operations )予算を1ドルでも多く獲得するべく国防総省と国務省の関係者が休日返上・不眠不休で働いています。その最中に「ラマディを守っていたイラク軍部隊は、IS勢力の攻勢の前に、米国から供与された兵器多数を放置したまま逃げ出した模様」と報じられました。これを受けて、米国内で「イラク軍がISに『献上』した戦車やハンビーは米国の納税者が収めた税金で買ったものでしょ?」「福祉や教育の予算を切り詰めて絞り出した対外軍事援助予算が、結局このザマか」と激しい反発を呼ぶであろうことは想像に難くありません。
公平を期するために、イラク軍側の立場にも言及したいと思います。
日本の報道では「ISの攻勢を受けたイラク軍は、米軍から供与されたM1A1エイブラムス戦車を含む百台近くの軍用車両を放置してラマディから撤退した」と報じられています。しかし、海外の報道を丁寧に調べると、イラク軍が放棄した軍用車両は故障により動かすことが出来なかったものであり、主な資機材については有志連合国の空軍機で破壊出来るように正確な位置情報を(関係国軍内で)共有しているようです。要すれば、イラク軍としては「スペアパーツがあればサッサと修理して、皆でそれに乗って迅速・安全・確実に撤退する」「50トンにもなる戦車を引きずって退却するのは不可能」「ISが故障した戦車を手に入れても、連中も修理は出来ないだろうから、我が方の脅威になる虞はない」との判断に基づいて(戦略的に)撤退したまでのことです、との認識であったものと思われます。
更に言えば、イラク軍にも用心深い人たちがいるでしょうから、彼らは置いていかざるを得ない戦車や装甲車のエンジンを爆破するか、せめて残余のガソリン等を使って(当該エンジンを)「火葬」してから退却したものと思われます。勿論、砲弾、銃弾類の無力化や食料の非可食化等(所謂「焦土化」)はイロハのイですから、真っ先に実行したと考えるのが自然です。戦争はチェスではなくて将棋です。相手から鹵獲した武器類も立派な戦力になります。今後もISとの戦いが続くイラク軍将兵も、自分たちが保有していた武器で殺されたくはないでしょうから、その点抜かりはなかったものと思料されます。